大阪高等裁判所 平成6年(ネ)941号 判決
大阪市中央区淡路町二丁目二番九号
控訴人
株式会社ニチイ
右代表者代表取締役
小林敏峯
右訴訟代理人弁護士
深井潔
右輔佐人弁理士
辻本一義
三重県四日市市日永東三丁目一四番三一号
被控訴人
合資会社山利
右代表者無限責任社員
儀賀利三郎
右訴訟代理人弁護士
秋吉稔弘
右輔佐人弁理士
瀧野秀雄
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 申立
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、別紙目録(一)記載の製法を用いて豆乳用フレークを製造し、販売してはならない。
3 被控訴人は、被控訴人の所有する前項記載の豆乳用フレークを廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、金四三二〇万円及びこれに対する平成五年三月四日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
原判決記載のとおり。但し、原判決添付の別紙目録(一)(イ号方法)を別紙目録(一)のとおり改める。
第三 争点に関する当事者の主張
原判決記載のとおり。但し、控訴人の主張を左記のとおり補充する。
(控訴人の主張)
一 本件発明にいう「ブラッシング」とは、「原料大豆に付着している土壌や土壌菌を除去」するための手段であり、「ブラッシないしこれと同等の機能を有する器具」を使用して「研磨」することに限られない。そのような器具を使用しなくとも、原料大豆に付着している土壌や「水で洗浄した位では除去できなっかた耐熱性細菌(土壌菌、芽胞菌)を完全に除去」できる「研磨」が行われていれば、それは、本件発明にいう「ブラッシング」に該当する。
しかるところ、被控訴人が使用している「ロータリーシフター」のカタログには「粒状製品は、ふるい分け過程で粒相互の粒々研磨作用が働いて表面が磨かれ美しい製品となります。」と記載されている。このことからすると、右「ロータリーシフター」の中で粒相互の粒々研磨作用が働いて表面が研磨されることは明らかであり、本件に則していえば、右「ロータリーシフター」の中で大豆と大豆が触れ合い、その摩擦による研磨で大豆の表面に付着した土壌や耐熱性細菌(土壌菌、芽胞菌)が除去されていることは明らかである(甲第一九号証参照)。即ち、右の過程で本件発明にいう「ブラッシング」が行われていることは、疑いない。
このような大豆同士の摩擦による「研磨」を「ブラッシング」ということは、言葉の一般的な意味からいっても、なんら不自然なことではない。現に、「ブラッシ」に関し、単に「研磨」ないし「磨く」又は「ゴミ等を払いのける」の意味と説明する辞典も存する(甲第一七、一八号証)。むしろ、本件発明の明細書のどこにも、「ブラッシング」を「ブラッシないしこれと同等の機能を有する器具」を使用して研磨することと説明したところがないことからすれば、当然のことである。もっとも、本件明細書の特許請求の範囲2項及びこれに関する説明の中には「ブラッシングマシン」のことが記載されているが、それは、本件発明とは別個の発明に関するものであり(右2項の発明は本件発明の実施例ではない)、これを根拠に本件発明にいう「ブラッシング」を「ブラッシないしこれと同等の機能を有する器具」を使用して「研磨」することと理解するのは、正当でない。
二 仮に、本件発明の「ブラッシング」を「ブラッシないしこれと同等の機能を有する器具」を使用して「研磨」することと解するとしても、被控訴人が使用している「ロータリーシフター」は、「ブラッシと同等の機能を有する器具」を備えている。即ち、右「ロータリーシフター」には、篩網の張られた六段の網枠が設けられており、この篩網の網目を大豆が通過する際、大豆は当然のことながら網目と接触、摩擦して、その表面が「研磨」(ブラッシング)され、付着している土壌や耐熱性細菌(土壌菌、芽胞菌)が除去されている。右篩網が「ブラッシと同等の機能を有する器具」にあたることはいうまでもない。
三 仮に、百歩を譲り、右「ロータリーシフター」で行われる大豆同士の摩擦や網目との接触、摩擦による「研磨」は、本件発明にいう「ブラッシング」とはその構成を異にするというべきだとしても、その解決すべき技術課題及び基礎となる技術思想は同一であり、イ号方法は、本件発明の技術範囲に属する。
即ち、本件発明は、従来、豆乳の製法については、原料大豆を洗浄したのち浸漬し、これを粉砕、煮沸、濾過するなど大変手間のかかる工程になっていた問題を、原料大豆の土壌菌を除去して圧偏ローラーでフレーク状にするという方法を創作して解決したものである。一方、イ号方法は、これと同一の技術的課題を同一の技術思想に基づき解決しているが、本件発明と異なる顕著な効果を奏するところはない。そして、本件発明の出願当時の技術水準からすれば、本件発明の構成の一部を、イ号方法のそれのように置き換えることは可能であり、右置換は、容易なことであった。
よって、イ号方法は、本件発明の技術範囲に属する。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の本訴請求は棄却を免れないと考えるが、その理由は、次のとおりである。
一 まず、原判決記載の争点1(一)イ号方法は本件発明の構成要件Aにいう「ブラッシング」の構成を具備しているか、について検討する(なお、イ号方法の特定については、争いがあるが、便宜、控訴人主張のそれを前提とする)。
二 控訴人の主張の要旨は、本件発明の構成要件Aにいう「ブラッシング」とは「ブラッシないしこれと同等の機能を有する器具」を使用して「研磨」することに限られず、イ号方法の「ロータリーシフター」で行われる大豆同士の摩擦や網目との接触、摩擦による「研磨」も右にいう「ブラッシング」に含まれるというものである。
三 当裁判所としては、右にいう「ブラッシング」とは、原判決にもあるように「ブラッシないしこれと同等の機能を有する器具」を使用して「研磨」することと解する方が、本件明細書全体の記載からみて、より自然で素直な解釈でないかと考える。しかし、右控訴人の主張に鑑み、その点は暫く置き、本件発明の構成要件Aにいう「ブラッシング」には、控訴人主張の「ロータリーシフター」で行われる大豆同士の摩擦や網目との接触、摩擦による「研磨」も含まれると仮定してみても、それだけでイ号方法が構成要件Aの「ブラッシング」の構成を充足するといえるかどうかは疑問であると考える。その理由は以下のとおりである。
四 まず、本件発明の構成要件をみておくと次のとおりである。
A ブラッシングによって原料大豆に付着している土壌や土壌菌を除去すること。
B その後、原料大豆の皮が身と分離しやすい状態になるよう水分量の調整をすること。
C その後、これを皮と身とに分離すると共に、身を4ツ割から8ツ割に処理して粒状物を得ること。
D その後、右粒状物を圧扁ローラーにて満べんなく分散されたフレーク状に構成すること。
E 豆乳製造に好適な食品の製造であること。
五 右の構成要件からみると、構成要件Aにいう「ブラッシング」とは、大豆の表面に付着している「土壌や土壌菌を除去する」ためのものであり、大豆の「皮と身とを分離させる」以前の段階で行われるものであることが明らかである。また、これにより、従来方法の大豆を水で洗浄した位では除去できなかった耐熱性細菌(土壌菌、芽胞菌)を完全に除去する効果(原判決の第二「事案の概要」欄参照)を奏するものであることが窺える。
そこでは、「ブラッシング」による「土壌や土壌菌の除去」と「皮と身の分離」は明確に段階分けして考えられているということができ、そのように「ブラッシング」による「土壌や土壌菌の除去」と「皮と身の分離」を明確に段階分けして行い、「ブラッシング」の段階で、少なくとも大豆の表面に付着した土壌や土壌菌をほぼ完全に除去し、その後に皮と身の分離を行うからこそ、上記のとおり従来方法によって大豆を水で洗浄した位では除去できなっかた耐熱性細菌(土壌菌、芽胞菌)を完全に除去する効果を生じるものと考えられる。もし、「ブラッシング」による「土壌や土壌菌の除去」と「皮と身の分離」がそのように明確に段階分けして行われず、「土壌や土壌菌の除去」と「皮と身の分離」が同じ工程の中で即ち「ブラッシング」中に「皮と身の分離」が行われるような場合には、皮と分離された清浄な大豆の身が土壌菌等の付着した皮と接触して再び汚染されることになり、上記のような所期の効果を挙げることは困難になるのではないかと考えられる。このことは、本件発明の発明者であり、出願人でもある近嵐茂の陳述書(甲第一六号証)によっても裏付けられる。
このようにみてくると、本件発明の構成要件Aにいう「ブラッシング」とは、大豆の皮と身を分離する以前の段階で、皮と身の分離が生じないあるいは生じさせない状態で大豆を研磨し、そこに付着した土壌や土壌菌の除去を行うことであると解するのが相当である。
六 そこで、イ号方法についてみるに、イ号方法で使用されている「ロータリーシフター」のテスト機を使って行った実験に関する前記近嵐作成の報告書(甲第一九号証)によれば、そこでは、原料大豆の篩分けや夾雑物の除去が行われるが、その篩分けの工程の中で起こる大豆同士の摩擦や網目との接触、摩擦による「研磨」によって、大豆表面の土壌や粉塵がかなりきれいに取り除かれていると認められる。しかし、同時にその篩分けの工程の中で、たまたま一部のものに起こったという程度を超えて相当数の大豆に脱皮がみられることも、否定し難い事実であると認められる。このような事実からすると、イ号方法においても、同様なこと即ち「ブラッシング」による「土壌や土壌菌の除去」の工程の中で同時に「皮と身の分離」が起こっているのでないかと推認される。
そして、そのことは、先に述べたように本件発明の所期の効果を挙げることを困難にする事情であると考えられ、本件発明の構成要件Aにいう「ブラッシング」を、前記のように大豆の皮と身を分離する以前の段階で、皮と身の分離が生じないあるいは生じさせない状態で大豆を研磨し、そこに付着した土壌や土壌菌の除去を行うことであると解する立場からすれば、イ号方法の構成要件該当性に疑問を抱かせる事情である。
また、イ号方法は、「ブラッシング」による「土壌や土壌菌の除去」と「皮と身の分離」は明確に段階分けして考える本件発明の技術思想とは別の技術思想に基づくものではないかとの疑問を抱かせる事情でもある。
七 以上のようにみてくると、イ号方法においては「ブラッシング」による「土壌や土壌菌の除去」の工程の中で同時に「皮と身の分離」が起こっているのではないかとの前示推認が否定されない限り、控訴人のイ号方法の構成要件該当性をいう主張及び技術思想の同一性を前提としてイ号方法を本件発明の技術範囲に属するとする主張は、いずれも採用し難いといわざるを得ない。
八 そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上野茂 裁判官山崎果、同上田昭典は転補のため署名捺印できない。 裁判長裁判官 上野茂)
別紙 目録(一)
(1) 米国産原料大豆をチェックを兼ねて風選・篩い分け、比重選別しながら、大豆同志の擦れ合い及びロータリーシフター通過時に網目と接触することにより、原料大豆に付着している土壌等を除去したのち、
(2) 選別処理された原料大豆を約六五度の熱風で二ないし三時間加熱予備乾燥を行って、原料大豆の皮が身と分離しやすい状態になるよう水分量の調整をし、
(3) これを皮と身とに分離し、風選により皮と微粉を分離し、篩い分けにより脱皮されていないものを分離して脱皮工程にリターンさせると共に、比重選別により夾雑物を再度選別除去し、大豆の身を四ツ割から八ツ割を含む大きさに粉砕して粒状物を得、
(4) この粒状物を圧扁ローラーで〇・二ないし〇・三m/mの均一なフレーク状に加工する、
豆乳用フレークの製造方法。